PQQコラム

ミトコンドリアと免疫機能

ミトコンドリアは、私たちの生命活動に必要なエネルギーを作ってくれる「細胞のエネルギー工場」としてよく知られています。
しかし、ミトコンドリアの役割はエネルギーを作るだけではありません。体のさまざまな場所で多様な働きをしています。

この記事では、私たちの体を守る免疫システムとミトコンドリアの密接な関係を紹介します。

病原体と戦う複雑な免疫システム

私たちの身の回りには、肉眼では見えない細菌やウイルスなどの病原体がたくさん存在しています。
これらの病原体は日常生活の中で、簡単に体内に侵入してきます。
マスクをしたり手を洗ったりしていても、姿の見えない 病原体の侵入を完全に防ぐことはできません。

しかし、体の中に病原体が入ってきたからといって、すぐに病気になるわけではありません。
私たちの体には「免疫」という防御システムが備わっていて、病原体から体を守っているからです。
その免疫の機能を担っているのが、血液やリンパ液の中に存在する免疫細胞です。

体内に異物が侵入すると、真っ先にやってきて攻撃するのが、マクロファージや好中球など「食細胞」と呼ばれる免疫細胞です。
マクロファージや好中球は、細菌やウイルスの部品を認識できるセンサーを細胞膜に持っているので、異物を発見次第、自分の細胞内に取り込み、分解してしまいます。

マクロファージなどの食細胞は、指令役のヘルパーT細胞のもとへ行き、取り込んで分解した病原体の部品を見せて、攻撃目標(抗原)だと教えます。
ヘルパーT細胞は、その情報をもとに攻撃役のキラーT細胞を指示して、病原体に感染した細胞を破壊させます。
また、免疫細胞の一員であるB細胞にも指示を出して、その抗原にぴったり結合する「抗体」を作らせます。
抗体は抗原と結びつくことで抗原を無毒化したり、食細胞が標的の病原体を食べやすくしたりする働きがあります。

一部のB細胞はメモリーB細胞となって抗原のデータを長期間保存します。
それにより、同じ病原体がふたたび侵入してきたときには素早く攻撃できるようになって、発症や重症化を抑えることができるのです。この免疫記憶の仕組みを利用したのがワクチンです。

侵入した敵を誰彼かまわず手当たり次第やっつける先発部隊の働きを「自然免疫」と呼びます。
特定の敵に狙いを定めて攻撃する部隊の働きは「獲得免疫」と呼ばれます。

このように、免疫システムは私たちの体を外敵から守るために重要な役割を果たしていますが、実はミトコンドリアも免疫システムに深く関わっているのです。

ミトコンドリアと免疫システムはメッセージを送りあっている

免疫細胞が外から侵入した病原体を攻撃したり抗体を作ったりするためには、多くのエネルギーが必要です。
そのエネルギーを供給するミトコンドリアは、免疫システムにとって、なくてはならない器官です。

さらに、近年の研究によって、ミトコンドリアの働きはエネルギーを供給するだけでなく、もっと深く免疫システムに関わっていることがわかってきました。

ミトコンドリアがエネルギーを生産する過程では、副産物として活性酸素種が生成されます。活性酸素種は非常に反応性が高く、DNAなどを傷つけてしまうおそれがあるため、生物にとっては毒性が強い物質です。

しかし、活性酸素種は細胞を傷つける危険な性質を持つ一方で、免疫細胞を活性化するなど、シグナル伝達を担う重要な分子としても機能します。
ミトコンドリアの活性酸素種は、マクロファージやT細胞やB細胞など、主要な免疫細胞を活性化します1

さらにミトコンドリアは、活性酸素種以外にもタンパク質や脂質、代謝産物などのシグナル伝達分子を放出し、免疫システムと連絡を取り合っていることも近年の研究から明らかにされてきています1)

ミトコンドリアは免疫システムにメッセージを送るだけではありません。逆に、免疫システムからの信号も受け取っています

免疫応答開始の信号を受け取った免疫細胞は、細胞内の他の免疫細胞に次々と信号を送ります。
たとえばマクロファージでは、信号を受けて活性化したタンパク質が捕まえた病原体のそばにミトコンドリアが集まるように働きかけます。
そこでは、ミトコンドリアによって生成された活性酸素によって病原体から身を守るのです2)

このように、ミトコンドリアは、免疫システムの働きの中にしっかりと組み込まれているのです。

ミトコンドリア表面にはウイルス検知システムがある

免疫システムの調整に重要な役割を果たすミトコンドリアですが、ミトコンドリアの表面には、ウイルスを検知するシステムが存在していることが知られています。
細胞のエネルギー工場であるミトコンドリアに、なぜウイルス検知システムがあるのでしょうか。
最近の研究で、ようやくその理由が明らかになってきました3)

研究では、ミトコンドリアの分裂に関与するMffというタンパク質に着目しました。
このMffが欠けている細胞を作って調べたところ、ウイルスに対する免疫応答がうまく働かないことを発見しました。
そこから、Mffがミトコンドリアの分裂だけではなく、ウイルスを検知するシステムも制御していることを突き止めたのです。

また、Mffは、ミトコンドリアが生成する細胞のエネルギー源であるATPが少ないときには、ウイルスに対する免疫応答を抑制する方向に働くことがわかりました。

ATPが少ない状況とはすなわち、栄養が不足していて、ATPを生産するミトコンドリアの機能が低下している状態です。
そのような状態で過剰な免疫応答が起きると個体にとって負担が大きくなります。
そのため、ミトコンドリア自身が免疫応答を調節し、過剰な炎症反応を抑えているのだと考えられます。
エネルギー工場であるミトコンドリアにウイルス検知システムがあるのは、ATPの生成状況をいち早く知り適切に応答するためなのでしょう。

ミトコンドリアの研究は、生命の秘密を解き明かすだけでなく、疾患の治療や健康の改善のための新たな道を拓きます。
ミトコンドリアはこれからも目が離せない研究対象といえるでしょう。

参考

1) Angajala A, Lim S, Phillips JB, Kim JH, Yates C, You Z, Tan M. (2018) Diverse Roles of Mitochondria in Immune Responses: Novel Insights Into Immuno-Metabolism. Front Immunol., 9:1605.
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fimmu.2018.01605/full

2) West AP, Brodsky IE, Rahner C, Woo DK, Erdjument-Bromage H, Tempst P, Walsh MC, Choi Y, Shadel GS, Ghosh S. (2011) TLR signalling augments macrophage bactericidal activity through mitochondrial ROS. Nature 472, 476–480
https://www.nature.com/articles/nature09973

3) Hanada Y, Ishihara N, Wang L, Otera H, Ishihara T, Koshiba T, Mihara K, Ogawa Y, Nomura M. (2020) MAVS is energized by Mff which senses mitochondrial metabolism via AMPK for acute antiviral immunity. Nat Commun 11, 5711
https://www.nature.com/articles/s41467-020-19287-7#citeas

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