PQQコラム

ミトコンドリアと卵子老化

卵子の老化は皮膚や内臓の老化よりも早い30代で訪れ、これが不妊の原因の一つといわれています。
卵子の老化とはどのような状態なのか。また、そこにミトコンドリアがどのように関わっているのかをご紹介します。

卵子の老化とは何か

結婚年齢が上がる晩婚化に伴い、出産年齢が上がる晩産化も進んでいます。
厚生労働省の「人口動態統計」1)によると、初産時の母親の平均年齢は1975年には25.7歳でしたが、2021年には30.9歳まで上昇しています。

また、2021年に実施された「第16回出生動向基本調査(結婚と出産に関する全国調査)」2)では、不妊の検査や治療を受けたことがある夫婦の割合は22.7%と過去最高になり、初めて2割を超えました。
また、医療機関にはかかっていないものの不妊を心配したことがある夫婦を含めると39.2%にのぼりました。

子どもを持とうと考える年齢が高くなったことで、不妊は多くの人が直面する問題となっています。

年齢を重ねると妊娠の確率が低下することは知られていますが、実際のところ何歳頃から問題となり始めるのでしょうか。

女性が高齢になるほど妊娠率や出産率が低下するのは、「卵子の数の減少」と「卵子の質の低下」にあると考えられています。(参考記事:「女性のからだナビ」ロート製薬

女性は胎児のときからすでに卵子の元になる卵母細胞を持っています。
1つの卵母細胞から1つの卵子が作られます。卵母細胞の数は、胎児の時期が最も多く700万個にも達しますが、生まれた時には約200万個、そして思春期には30~50万個に減少し、37歳頃には2万個程になり、閉経時期の51歳頃には1000個程度にまで減少すると言われています3)4)

また、加齢にともない卵子が老化すると、染色体数の異常が増加することが知られています5)
これが「卵子の質の低下」といわれるもので、染色体数の異常は、流産やダウン症などの先天性疾患の主要な原因といわれています4)

また、若い女性から卵子の提供を受けた場合、母体が高齢であっても若い人と同等の出産率が得られるというアメリカ疾病予防管理センターが発表したデータからも加齢による女性の不妊は、卵子の質の低下が原因の1つであることがわかります6)

卵子の成熟や受精にミトコンドリアが関係?

卵母細胞の成熟や受精、胚発生には、多くのエネルギーが必要になります6)
「体内のエネルギー工場」といわれるミトコンドリアは卵母細胞にも存在しており、卵子における複雑な生命現象を支えるエネルギー産生に重要な働きをしています。

しかし、このミトコンドリアも卵母細胞の老化とともに数や質が低下してしまいます7)
そのためミトコンドリアによるエネルギーの供給は、母体年齢が上昇するほど減少するといわれています7

実際に、マウスを用いた研究で、老齢マウスの卵子では、若いマウスの卵子と比較してミトコンドリアの分裂に異常が観察されています8)
図のように老化した卵子ではミトコンドリアが集合してしまうのです。

また、ミトコンドリアが凝集した老齢マウスの卵子は、卵子の成熟に必要な周辺環境を活性化するためのシグナルが弱まっているため、卵子の成熟が十分に行われず、不妊となることが示されています8)

また、加齢以外にも、ストレスやタバコなどから引き起こされる酸化ストレスでミトコンドリアの働きが弱められ、卵子の質が低下してしまうことも知られています(参考記事:「女性のからだナビ」ロート製薬)。

ミトコンドリアの活性化は卵子の老化を抑制するか

それではミトコンドリアを活性化すると、卵子の老化を抑制することはできるのでしょうか。
現状は動物実験でさまざまな研究が進められている段階です。

理化学研究所生命機能科学研究センターの研究では、摂取カロリーを通常の40%に制限したマウスと通常食のマウスの卵母細胞を比較しています9)
すると、摂取カロリーを制限したマウスでは、卵母細胞の老化の特徴とされるコヒーシンというタンパク質複合体の減少が抑えられていました9)

カロリー制限により老化が抑制されることは古くから知られています。
また、カロリー制限によりミトコンドリアが活性化される可能性があることも、数々の研究によって示されてきました(参考記事:ミトコンドリアを増やす3つの方法)。

マサチューセッツ総合病院ヴィンセント生殖生物学センターの研究では実際に、通常食のマウスと成熟してからカロリー制限食に変えたマウスの卵母細胞を比較し、ミトコンドリアの状態をみています10)

研究の結果、通常食のマウスでは成熟卵子の約50%に、加齢に伴う卵子の品質低下と関連するミトコンドリアの凝集が見られました。
一方、カロリー制限食にしたマウスの成熟卵子の90%以上は、若いマウスと同様の均一で拡散したミトコンドリア分布を示していました10)

この研究では、卵母細胞中のミトコンドリアによって産生されるエネルギー(ATP)量が、通常食のマウスでは加齢に伴い減少していた一方で、カロリー制限食マウスでは若いマウスと同等であったことも示されています10)

同じくマウスを用いた研究で、高齢マウスの卵母細胞でNAD+(酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)の量が減少していることが確認されています11)
NADはミトコンドリアを作るための反応に必要な物質であり、加齢とともに減少することがわかっています11)

この研究ではさらに、高齢マウスの卵母細胞にNAD+の生成に必要な酵素であるNMNAT2を注入する実験を行っており、その結果、卵母細胞の染色体異常につながる減数分裂異常と酸化ストレスが改善していました。

いずれの研究もマウスを対象にしたもので、ヒトでの結果を示したものではありません。
研究者たちは、ミトコンドリアの活性化が卵子の老化を抑制し、それが加齢による不妊のひとつの解決策になるのではないかと期待して、さまざまなアプローチで研究を進めています。

少子化は多くの先進国が抱える問題であり、それに関わる卵子の老化とミトコンドリアの関連についての研究は今後ますます発展するものと思われます。
卵子の老化にミトコンドリアのサポートがどのような影響を与えるのか。
今後、ヒトにおける有効性の検討に期待が寄せられています。

参考

1) 厚生労働省:令和3年(2021)人口動態統計月報年計(概数)の概況https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/nengai21/index.html

2) 国立社会保障・人口問題研究所:出生動向基本調査(結婚と出産に関する全国調査)
https://www.ipss.go.jp/site-ad/index_Japanese/shussho-index.html

3) 日本産婦人科医会HP
https://www.jaog.or.jp/lecture/1-妊娠適齢年令/

4) 内閣府 男女共同参画局「共同参画」2014年2月号
https://www.gender.go.jp/public/kyodosankaku/2013/201402/201402_02.html

5) Sakakibara Y, Hashimoto S, Nakaoka Y, Kouznetsova A, Höög C, Kitajima TS. (2015) Bivalent separation into univalents precedes age-related meiosis I errors in oocytes Nat Commun. ;6:7550.

6) 日本生殖医学会HP
http://www.jsrm.or.jp/public/funinsho_qa24.html

7) van der Reest J, Nardini Cecchino G, Haigis MC, Kordowitzki P. (2021) Mitochondria: Their relevance during oocyte ageing. Ageing Res Rev. ;70:101378.

8) Udagawa O, Ishihara T, Maeda M, Matsunaga Y, Tsukamoto S, Kawano N, Miyado K, Shitara H, Yokota S, Nomura M, Mihara K, Mizushima N, Ishihara N. (2014) Mitochondrial fission factor Drp1 maintains oocyte quality via dynamic rearrangement of multiple organelles. Curr Biol.;24(20):2451-8.
https://www.cell.com/current-biology/fulltext/S0960-9822(14)01073-2?_returnURL=https%3A%2F%2Flinkinghub.elsevier.com%2Fretrieve%2Fpii%2FS0960982214010732%3Fshowall%3Dtrue

9) Mishina T, Tabata N, Hayashi T, Yoshimura M, Umeda M, Mori M, Ikawa Y, Hamada H, Nikaido I, Kitajima TS. (2021) Single‐oocyte transcriptome analysis reveals aging‐associated effects influenced by life stage and calorie restriction. Aging Cell. ; 20(8): e13428.

10) Kaisa Selesniemi, Ho-Joon Lee, Ailene Muhlhauser, Jonathan L Tilly. (2011) Prevention of maternal aging-associated oocyte aneuploidy and meiotic spindle defects in mice by dietary and genetic strategies. Proc Natl Acad Sci U S A. ;108(30):12319-24.

11) Xinghan Wu, Feifei Hu, Juan Zeng, Longsen Han, Danhong Qiu, Haichao Wang, Juan Ge, Xiaoyan Ying, Qiang Wang. (2019) NMNAT2-mediated NAD+ generation is essential for quality control of aged oocytes. Aging Cell ; Vol18, Issue3

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