PQQコラム

研究が解明してきた
ミトコンドリアの意外な一面

私たちが酸素を使ってエネルギーを生み出せるのは、細胞の中に存在するミトコンドリアのおかげです。
生命活動に欠かせない役割を担っているミトコンドリアですが1)、近年の研究手法の発達によって、これまでに知られていなかった新たな姿が見えてきました。

この記事では、最新の研究から明らかになっているミトコンドリアの性質や働きをご紹介します。

ミトコンドリアはダイナミックに変化している

ミトコンドリアと聞いて多くの人が思い浮かべるのは、楕円形のカプセルのような姿が細胞内にぽつんと浮かんでいる状態ではないでしょうか。
実は、あの形は電子顕微鏡で観察されたミトコンドリアの写真をもとに描かれています。

電子顕微鏡では普通の顕微鏡では見えないほど小さなものを見ることができますが、固定された試料しか見ることができません。
電子顕微鏡で細胞を見るためには、凍結やパラフィンに包むなどの方法で細胞を固定する必要がありますが、その過程で細胞は死んでしまいます。
そのため電子顕微鏡で見ることができるのは、死んだ細胞の中のミトコンドリアの薄い断面に限られてしまうのです

ところが近年、顕微鏡の技術が発達して、生きた細胞の中のミトコンドリアの姿を見ることができるようになりました。
ミトコンドリアを蛍光物質で染色し、蛍光顕微鏡と呼ばれる特殊な顕微鏡で見ることで、生きたミトコンドリアの活動の様子を観察できるようになったのです。

生きたミトコンドリアは糸のように連なり、細胞内で枝のように広がっています
切り離される前のソーセージのように、粒がつながって枝状になっているのです。
また、ミトコンドリアは細胞内で盛んに移動しています。
粒がつながったり切り離されたりと、細胞の中でダイナミックに変化する様子も蛍光顕微鏡で観察されています2)

ミトコンドリアの祖先は、なぜ他の細胞の中に落ち着いたのか

太古の昔、ミトコンドリアは別の生物だったという話を聞いたことがある人もいると思います。

二酸化炭素を吸収して酸素を吐き出す光合成の能力を獲得した生物が地球上に繁栄した結果、大気中の酸素濃度が高くなってきました。
その酸素を使ってエネルギーを作り出す能力を獲得したのが、ミトコンドリアの祖先だと言われています。
そしてミトコンドリアの祖先を自分の体内に取り込んで、共生を始めた単細胞生物がわたしたちの祖先だと考えられています

ミトコンドリアを持たない生物は、地中や海中など酸素のないところへ避難して、今もひっそりと生きています。
わたしたちはミトコンドリアの祖先を取り込んだことで、地球上に広く繁栄することができたのです

それではミトコンドリアの祖先にとって、わたしたちと共生するメリットはあったのでしょうか。
単にとらわれて、不当なタダ働きをさせられているのでしょうか。

実はミトコンドリアの酸素からエネルギーを作り出す活動は、彼らにとって諸刃の剣なのです。
酸素から化学反応によってエネルギーを作り出す過程で、活性酸素が発生します。
活性酸素は生物の大切な設計図であるDNAを傷つけます

私たち真核生物の細胞には核があり、DNAが傷つかないように守っていますが、ミトコンドリアの祖先や、細菌などの原核生物はDNAを守る核をもっていません。
そこで他の細胞に取り込まれたミトコンドリアは、自分の遺伝子の多くを、宿主の細胞の核の中に避難させました。

ミトコンドリアを形作る設計図のほとんどは宿主の核の中にあるため守られており、ミトコンドリア本体がいくら傷ついたとしても、また新たに作り出すことができるのです。
もしミトコンドリアの祖先がひとりで生きていたら、自分の作り出した活性酸素に傷つけられて死んでしまい、今日まで生き残ることはできなかったかもしれません。

細胞が分裂して増えるときには、ミトコンドリアも一緒に増えて分配されます。
もともと別の生物だった両者ですが、今ではお互いに依存しあっており、もはや相手なしには存在できません。

ミトコンドリアが人類の歴史の謎を解く鍵となる

最後に、健康の話とは少し離れて、ミトコンドリアの不思議な性質についてご紹介します。

通常、子のDNAは父と母のDNAを半分ずつランダムに受け継ぎます。
しかし、ミトコンドリアのDNAは、母のミトコンドリアDNAだけが遺伝することがわかっています
その詳細なメカニズムについては研究が進められていますが、明確な理由はまだわかっていません。
驚くことに、精子が持つミトコンドリアは受精したあとに分解され、消えてなくなってしまうことが観察されています3)

ミトコンドリアのDNAが母由来のものからしか遺伝しないことを「母性遺伝」と言います。
母性遺伝をするミトコンドリアは、有性生殖をする生物の進化の研究において、重要な役割を果たしてきました。

細胞核のDNAは、父親由来と母親由来のものが混じりあっているため、世代を重ねるごとにどんどん複雑になっていきます。
一方、母親由来のDNAだけが受け継がれるミトコンドリアDNAの場合、変化する要因は一定の確率で起こる突然変異のみです。
そのため、ミトコンドリアのDNAを解析することで、祖先をさかのぼって調べていくことが可能になるのです。

1987年にミトコンドリアDNAを用いた人類の祖先に関する研究が発表され、今の人類はすべて20万~10万年前にアフリカで生まれた可能性が高いことが示されました4)

従来の学説では、100万年以上前にアフリカを旅立った原人が各地で独自の進化を進めたと考えられていましたが、それが大きく覆ったのです。

私たちの生命を支えているだけでなく、人類の誕生の謎も隠し持っているミトコンドリアは、さまざまな分野で注目され、盛んに研究されています。

ミトコンドリアについてもっと知りたくなった方は、ぜひ今後公開予定の関連コラムもご覧ください。

参考

1) 厚生労働省 e-ヘルスネット「ミトコンドリア」
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/exercise/ys-054.html

2) 林純一『ミトコンドリア。ミステリー 驚くべき細胞小器官の働き』2002年(講談社ブルーバックス)

3)佐藤美由紀「父由来のミトコンドリアゲノムが消されるしくみ」(季刊「生命誌」85号)https://www.brh.co.jp/publication/journal/085/research/2

4) Cann, R., Stoneking, M., Wilson, A. Mitochondrial DNA and human evolution. Nature 325, 31–36 (1987). https://doi.org/10.1038/325031a0

この記事に関するご意見、その他BioPQQ®に関するお問い合わせはこちらから

医療従事者様・企業様お問い合わせ